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2007年11月

2007年11月28日 (水)

縁かいな

私は今までの人生の中でご縁を大切にしてきた。どんな人と出会い、どんな気のキャッチボールができるかで人生のストーリーが大きく変わってくる。そういう意味では私がディズニーでマネジメントができたのもご縁によるものが大きいと思う。良いご縁を得るためには常に自分自身を磨き良いアンテナを立てておくことである。これが錆びていては清き電波はキャッチしにくい。

今日も素晴らしいご縁をいただいた。Cさんは華僑として神戸で生まれ、高校、大学とアメリカにて経営学を学ばれ、現在日本、中国、米国と3カ国に渡り行政書士としてインターナショナルに活躍されている。海外手続きはもちろんのこと海外出店でもマーケティングから永住権の獲得、法務、労務、税務などの相談にも乗ってくださる。人間的にも素晴らしく頭の切れる方である。

私達はドリームゲートアドヴァイザーの交流会にて名詞交換させていただいたのだが、ほとんど話しができずに後々お互いに気になっていて連絡を取り合い今日の食事会になった。話しをしているうちにお互いに多くの共通点があり盛り上がった。コーチとして関わり合わせていただくことにもなった。思いもかけない展開である。

又又自分を磨かせていただくチャンスをいただいた。素晴らしいご縁に感謝!

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2007年11月26日 (月)

ありがとう

今日は2カ月に一度の母の検診日。東京女子医大につきそって検査をしてきた。普段中々親子の会話もできないがこの時ばかりは約半日会話をする。病院はとにかく待つのが仕事。私が幼いころは母が女将として必死であり、私が就職してからは海外勤務が多くすれ違いだった。だけどこうして今やっと何気ない親子の会話ができるようになった。昨年行った心臓バイパスの経過は順調だと聞きほっと胸をなでおろす。無事検査も終わり薬屋の前で別れる時、母が「今日は有難う。じゃあね。」と言ってくれたさりげない言葉が本当に暖かく、涙が出そうになった。私にとっては忘れられないありがとうの一つとなった。

もう一つのありがとうは今年父が亡くなる10日位前にお見舞いに行った時、「お前海外から帰って来て貰って会社辞めることになって悪かったなあ、でも嬉しかったよ、有難う」と言ってくれた言葉。この両親からの有難うは私にとって大切な宝物だ。

私もすみませんではなくしっかりとありがとうと言っていこう。想いを伝える大切な言葉だから。

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2007年11月23日 (金)

我死すとも未だ支配す

行ってまいりました!「大徳川展」 とにかく凄い人、人、人。連休初日なんと会場に入場できる迄90分待ってしまいました。

会場内は見ようとする人々の気があまりにも凄いのでそれだけでもくたくたでしたが、一番の圧巻は芝の増上寺に安置されていてはじめて外にだしたという等身大の家康像。聞けば生前家康が寝床に置き毎日語りかけていたとのことで目の奥が静かに光輝いているような気がして恐ろしかったです。

その際浮かんできたのが「我死すとも未だ支配す」という言葉。家康が後々の世迄も自分の権力を残すべくこの像に夜な夜な気を入れていたような感じがしてなりませんでした。彼はできうるなら不老不死でいたかったのでしょう。像からは彼の権力と生に対する並々ならない執着心が伝わってくるかのようでした。

芸術は時にその時代に生きた人の瞬間の念を封じ込め後の世まで伝えてくれるタイムカプセルのような働きをしてくれます。作品は語りかけ、絵巻物のように時代を伝えてくれます。「大徳川展」12月2日迄ですが一見の価値有りです。

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2007年11月20日 (火)

守屋コーチセッション

今回私の大好きなコーチの一人である守屋文貴コーチが、勉強を兼ねて100人コーチングをされるというのでお声をかけていただき、コーチングを受けさせていただいた。

守屋コーチのコーチングは暖かみがあり、より自分の内面への入っていける素晴らしいコーチングだった。それは手法だけではなく守屋コーチの人間力からくるものでろう。

今回のコーチングで私の目指すべきコーチ像がより明確になった。それは、時には清流のごとくクライアントさんの障害や不安を流し去り、時には炎の如く暖めエネルギーを与える。そんな水と炎を併せもったエンターティメントなコーチを目指していきたい。

守屋コーチ気づかせていただいて有難うございます。守屋コーチは益々素晴らしいコーチになっていかれると思います。

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2007年11月16日 (金)

サービスの目線

最近全般的にサービスの質が落ちているような気がしてならない。家の取引している信用金庫の担当から留守電が入っていたので、電話して見ると・・・。電話に出た女性「○○は只今外出しております。」私「○○さんからお電話いただいたのでかけているのですが、それではお電話あったことだけご伝言願いますか」女性「外からおかけしたのでしょう。急用でしたら又○○からおかけするでしょう。」とのこと、私はあきれ返った。この皆が必死に生き残りをかけて頑張っている中でこのレベルの目線の対応をされては怒る気にもならない。普通ここでの適切な対応は「わざわざお電話いただきまして誠に有難うございます。○○に連絡を取りまして折り返しこちらからご連絡させていただきます。」だろう。彼女は自宅の電話対応のようにお客様を扱い、しかもそれに全く気づいていない。これは深刻だ。本人は目線が違うから分らないのだ。

私が三越本店の特選売場で働いていた時はサービスに関して必死だった。1枚1万もするスワトウのハンカチーフをあたり前のように10枚まとめ買いされるお客様がいらっしゃる。そんなお客様のライフスタイルを想像するに世界中の超一流店を回られ、リッツカールトンで宿泊なさる。つまりサービスの目線が限りなく高いのだ。それを勘違いして自分主体のサービスの目線で対応するととんでもないことになる。よくなぜお客様がお怒りになっているか分らない人がいる。これは考え方が全く自分主体でお客様がどんな方でどんなライフスタイルをおくられているか想像もしてない人だ。もっとお客様を知り、真剣にお客様の話を聞かなければならない。

お客様の立場に立ってとはそういう事を意味するのだ。私はこの当時よく部下にここに配属になった以上、たまでいいから自腹で超一流のサービスを味わってきなさい。私達は普段のライフスタイルはお客様と違うのだからその目線で見ててはいけませんと言っていた。やはり一流のサービスを身につけるには一流を体感するしかない。リッツカールトンのサービスの本を百万遍読んだってだめ。本での知識には限度がある。私はあのころ一流のサービスを見につけるのに必死だった。なんとか目線を上げようとしていた。そこで分ったのは感じ、想像する事の大切さだ。私がコーチとしてできるのは、それを感じさせ伝えること。

久々に三越本店に一流のサービスでも体感しに行ってみようか。

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2007年11月14日 (水)

何が悪いのか

今日弟からメールがあり、昼母のところに寄ったらフライパンがかけっぱなしになっており蓋を取ったところ火柱が上がったとのこと。

弟は火事になると思い母に叱ったそうだが、母は逆切れして私は炒め物やお茶も沸かせないのかと怒ったらしい。こういうことに人一倍気を使っていた母は自分の今の状態を受け入れられないでいる。弟が怒るのも分るし母の寂しさも分る。二人共悪くない。本当に悪いのは年老いた母に未だにガスレンジを使わせていることなのだ。

現代は本当に便利になっている。あえてガスを使わなくても電気でOK。キッチンを変えればすむ事だ。そこに配慮が無かったのは申し訳ない。

文明の利器(超死言?)も旨く使えばよいものだ。

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2007年11月 9日 (金)

喜びの瞬間

コーチやっていて本当に嬉しいのはクライアントさんが成功に近づいていく姿に寄り添えることだ。

最近私のクライアントさんが将来の大きな目標に向かっての大切な第一歩となる転職する会社から内定がでた。夏ごろから本格的に考えて、そのことで多くの時間セッションをしたり、一緒にストアコンパリゾンもしてきての内定なので結果を聞いた時本当に嬉しかった。自分でもこんなにも嬉しいものなのかと驚いている。彼が着実に自分の夢に向かって突き進んでゆく手助けができる。そして喜びを分かち合える。こんな素晴らしい職業に巡りあえて私は本当に幸せだと思う。

コーチとは喜びという沢山の種をいただき花を咲かせるそんな仕事なのだ。

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2007年11月 4日 (日)

大人の寺子屋セミナー

昨日第4回大人の寺子屋セミナーを開催した。今回も大勢の皆さんが来ていただいて多くのシェアをいただいた。心から感謝したい。人は人との交わりの中で学べ成長していく。そういう意味では一生学んでいきたい。

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2007年11月 3日 (土)

心のしわ

今日母のところにやすよさんという昔芸者さんをやっていた女性が来て彼女の息子を交えて4人で話していた。やすよさんは鹿児島出身でまさに母とともに昭和の激動の時代を生きてきた人だ。現在58才になるが未だ美しく輝いている。

母とは年齢は違えども、互いに歯を食いしばって生きてきた二人の女性は互いに戦友と呼び底知れぬ強さを感じる。贅沢のせず家の為、子の為に花柳界という特殊な世界で生きてきた二人は自分達の人生を振り返り幸せだったという。

その笑った女の顔には生きざまというしわがしっかりと刻み込まれていたが、心にはしわはなかった。TVからはalways 三丁目の夕日が流れていた。何か忘れてはいけない大切なものを感じた瞬間だった。

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